ここは、私山下浩と、ご縁のある方にご登場いただいて、ご自身のこと、山下ミツ商店のとうふのことを、語っていただこうというコーナーです。
第4回目は、高橋治さんです。
高橋治 氏 作家、千葉県生まれ。旧制四高卒、松竹の映画監督を経て作家に転身し、59年に「秘伝」で直木賞受賞。主な作品に「派兵」「名もなき道」など。白山麓僻村塾理事長をはじめ、食文化や環境問題にも取り組み、多彩に活躍中。 |
「"口福"の豆腐」 |
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「これは参った。ついに凄い豆腐を造ったな・・・」
白山麓僻村塾の塾生、山下ミツ商店の山下浩希という青年から届けられた豆腐「記まじめ!」を食べたとき、その予想を超える美味さに、正直いって驚いた。
清冽な流水の白峰村には、荒縄で縛れる堅豆腐という豆腐が伝承されている。この豆腐は昔ながらの味がして、総じて美味い。いや、日本すべてが本来の豆腐を造っていたときは、とりたてて美味いわけではなかったかもしれない。
近代化や企業化の名のもと、他の豆腐が"味の地盤沈下"を起こしたのだ。都会と離れていた白峰村は、この時代の流れから、幸いにも取り残された。そして気が付いてみれば、巡り巡って美味い豆腐の先頭に立っていたというわけだ。
ヨーロッパの田舎を旅しても、同じような味の出会いがある。土地の人に永年愛用されている、生ハム、チーズ、ワインなどである。驚くほど美味い。が、これらは決して流通の表舞台には出てこない。山下ミツ商店の豆腐も、これまでは、そんな地元に根付いた豆腐であった。しかし「もっと美味い豆腐を」という青年の志に、伝統だけではやや物足りなかったようだ。僻村塾で"こだわりの塩"について話したことがある。古来の塩の製法を更に一歩進め、火入れを一切行わず、完全な塩の結晶を造り出すことに成功した「生命の塩」の話だ。
彼は、その話に興味を持ち「大豆、塩、にがり、水」というずべての素材を一から洗い直した。こだわりのあまり、品質が安定しないと悩んでいた時期もあったと聞くが、どうやらその賭けは成功したようだ。まさに情熱と意地の結晶のような豆腐である。
月灯りと虫の音を楽しみながら、美しい自然の庵で「記まじめ!」を一口。大豆の凝縮された旨味と香りが、咀嚼の度に、豊かに広がる。食が生きる喜びのひとつであるなら、これぞ幸福にして"口福"であろう。
vol.10 長由起子様 「情熱を感じる人が集う酒屋でいたい」
vol.08 佐藤俊介様 「目を凝らし、耳を傾けないと聞こえないもの」
vol.07 柴原薫様 「見えないご縁を紡ぐ豆腐」
vol.06 瀧下白峰様 「とうふ『冬 ひと夜』」
vol.05 的崎俊輔様 「あたりまえの豆腐」
vol.04 高橋治様 「"口福"の豆腐」
vol.03 上口昌徳様 「『日本一の朝食』の豆腐」
vol.02 竹本コズエ様 「卓袱台の味」
vol.01 北元喜雄様 「美味より人味」
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